「運を悪くするのは『当然』 運を良くするのは『感謝』」
居酒屋のトイレで見かけた言葉である。
誰の作品かはわからない。
ネットで検索しても出てこなかった。
もしかすると店主さんの作品かもしれない。
毎日のように、文章を書いたり、音声を録ったり、「日々の気付き」を記録しておくことのメリットは、普段なら流してしまうような何気ない出来事でも、「話のネタ」として記憶することで覚えていたりする。
覚えていなくても、思い出そうとしたり、調べたりすることで頭を使う。
何かしらの情報発信をしていなければ、居酒屋でふと見かけた言葉も、「へぇ〜。いい言葉だな。」と、翌日にはきっと忘れていただろう。
「運を悪くするのは『当然』」という言葉の意味を考える。
誰かに何かをしてもらうことが当たり前、と思っているような人からは運が遠ざかる、というような意味だろうか。
「運を良くするのは『感謝』」にも繋がる。
「生きているのは当然」より、「生きていることに感謝」。
「お金を払ってるんだから美味しい料理を食べられるのは当然」より、「美味しい料理を作ってくれてありがとうございます」。
「これくらい当たり前でしょ?」より、「いつもありがとうございます。」
「当たり前」や「当然」という言葉で片付けずに、「いつもありがとうございます」と常に感謝の気持ちや言動を大切にすることで運は自然と味方してくれる。
そんな風に僕は解釈した。
「当たり前」という言葉が苦手だ。
仕事上、安全のため、念のため、当たり前だとわかっていても確認を取ることがある。
そんなとき「当たり前やろ」と投げ捨てるように言う人がいる。
当たり前のことでも再確認しておくことで避けられる危険はあるし、作業の抜け漏れを防いで効率が上がるかもしれない。
「当たり前」と高を括る人とはなるべく距離を置きたい。
そんな人の周りには危険がすり寄ってくる。
そして、自分への戒めとしても、「当たり前」という言葉に注意したい。
子育てをしていると、子どもに対して「当たり前」という言葉を発していることがある。
自覚している。
言ってることとやってることが違う自分に腹が立つ。
矛盾していることが気持ち悪い。
人にどうこう言う前にまずはお前からやれよ。と自分に言い聞かせる。
その通りだ。
大人にとっては当たり前でも、子どもにとっては当たり前じゃないこともある。
当たり前だとわかっていても確認することはある。
今後は「当たり前」は禁止だ。
それくらい強い意志で遠ざけたい。
本当に反省している。
「運を悪くするのは『当然』 運を良くするのは『感謝』」
本当に良い言葉だ。
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